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世界ふくねこ歩き~猫を探しに吉祥寺から世界一周へ~

旅が好き。猫が好き。山が好き。どうでもいいことに一所懸命。2017年7月からはちょっと世界を回ってきます。

熱量銀行 第4話 シュウさん

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 第1話はこちら↓

fukuneko.hateblo.jp

 

「あ、ご新規さん」

 

作業中のタブレットの画面に、ディグリードの発送指示が通知された。

 

「寒がりさんかな?暑がりさんかな?この時期の登録だとやっぱり寒がりさんかなぁ」

喋りながらも手は既に発送準備を進めている。もう慣れたものだ。

 

該当機種に対応するディグリードを保管ケースから取り出し、発送用の封筒に入れる。

専用のシールプリンタから宛名と管理用バーコード2枚が印刷されたシールを打ち出し、宛名シールはディグリードの封筒に貼る。

管理用バーコード1枚を顧客管理シートへ貼り付け、残ったもう1枚のバーコードはディグリードの出荷台帳に貼り付ける。

最後にバーコードリーダーで2つのバーコードを読み込み、貼り間違えがないこと確認したら準備OK。あとはディグリードをポストへ投函するだけ。

 

これが私の仕事。

 

去年の春、私は大学を卒業した。無職だった。

就職先が決まっていないわけではなかった。内定が決まっていた旅行会社が入社2週間前に倒産したのだ。

それを知った時、私はベトナムハノイに居た。最後になるかもしれない長期の一人旅としてベトナムを縦断していたのだ。屋台でごはんを食べてホテルに戻りWiFiをつないだ直後、お詫びと共にその嘘かと思うようなメールが届いたのだ。

格安で取った航空券は日程変更ができなかったし、今更どうしようもないという我ながらどっしりした根性で、半ばヤケになりながら残りの滞在を楽しんだ。

 

「みんなはあれからどうしたのかなあ」

ジャリジャリ固い部分とシャーベット状になった雪が入り混じった雪道を歩きながらふと思い出す。

その春入社予定であった者は私の他に3人居たが、他の内定者と連絡は取っていなかった。なんとなく自分と同じような雰囲気の子が多かったように思う。

内定者懇親会という名のオフィス見学会ちょっとした顔合わせはあったものの、「連絡先交換しましょう!」という流れは一切なかった。

 

大学時代住んでいた家は旅行前に退去住みだった。その分の家賃も旅費に充当したかったからだ。

帰国してから出社までの数日は実家に居るつもりだった。しかし『無職』というレッテルを貼られることになった自分にとってただ家に居るのはきつかった。

両親は「ゆっくり探したらいいよ」と優しく言ってくれたけれど、近所に小さい頃からの顔見知りが多い実家には居づらかった。

 

新しい部屋は既に契約していたため、今から解約しても1ヶ月分の家賃は発生してしまうとのことだった。不動産屋さんは申し訳なさそうにすみませんと言ってくれたけど、住まないのはこっちだよ、と心の中で毒づいてしまった。

「せっかくだから新しい部屋を拠点にして1ヶ月くらい向こうで就職活動するね」

と、実家を出た。幸い家具付きの部屋にしていたので、薄い布団だけ送れば生活はできた。

 

ただ、新卒社員ぽい子たちがまだ真新しいスーツとバッグで歩いているのを街中で見るとさすがにヘコんだ。私もそっち側だったのに。

そんな時出会ったのがシュウさんだった。

 

ヘコんでばかりもいられないため、一応就活イベントにも参加していた。就活サイトでも再度探し始めた。

元々例の旅行会社もようやく決まった程度の人間であり、手応えは薄かった。そこへシュウさんからのスカウトメールが届いたのだ。

そのメールは就活サイトを経由しておらず、直接私のアドレスに届いた。銀行業とのことだった。少し不思議に思ったものの、メールの内容に怪しさはなく時間だけはたっぷりあったのでとりあえず話を聞いてみようと思った。

念のため、待ち合わせは人目の多いスタバにした。

 

シュウさんは営業さんっぽい普通の、いや感じのいい人だった。ただ、会社が普通じゃなかった。

 

弊社では熱量、人の感じる温度をお預かりするサービスを行っております。銀行の温度版のようなものです。

だいたいの方はこれを初めにお話すると怪しいと引いてしまうのですが…ベンチャー企業で現在人材を募集しております。

お仕事の内容は資材の発送と顧客管理がメインです。在宅でできますので、時間の自由が利いて長く続けられるお仕事です。

弊社の社員は在宅が多く、その分経費が削減できるので家賃を全額補助しています。

 

提示された条件はそれなりに良いものだった。ボーナスは業績によるとのことだったが、月給については入社予定だった旅行会社より低いものの、家賃を払わなくてよいことを考えると遜色ない。

 

ただひとつ条件があった。それは勤務地が鳥取であること。

なんでも各地に拠点を置いていて、ちょうど鳥取に空きが出るとのことだった。仕事用の資材も既にその部屋に備え付けられているため、そこに住んで欲しいというのが条件だった。

今の部屋はもう2週間もしないうちに引き払わなければならず、私にとってとても都合のよい話だ。

 

今思い返すとものすごく怪しい話に思えるけれど、私は雇用契約書にサインした。

翌日には引っ越しの準備を始め、その次の日には鳥取の家に住み始めた。両親は驚いていたけれど、就職が決まったことに喜んでくれた。

『熱量』銀行であることは伏せておいた。

 

ポストにディグリードを投函した帰り道、ローソンで肉まんを買った。湯気がもうもうと上がる。肉まんに酢醤油が付くことに最初は戸惑ったけれど、今はこれが無いと物足りない。

 

「んー、肉まん食べてもやっぱり寒いなあ」

スマホのアプリを起動し、『お引き出し』で1℃引き出す。初めは半信半疑で詐欺に加担していたらどうしようと不安になったけれど、使ってみたら本当に『預熱』できて、すごく画期的なシステムだった。

 

鳥取の夏は思いの外暑く、その時にたっぷり熱量を貯めておけた。おかげでこんな寒い日でも快適に過ごせている。

仕事も土日祝日は基本的に発送しなくていいし、17時以降の登録は翌営業日の午前中処理に回していいことになっている(夕方以降郵便の集荷がないからだろう)。

しかも会社が用意していたのは一軒家だ。

 

「ただいまー」

ドアを開けると「ニャア」とポプラが出迎えてくれた。

「起きてきたのーごはんー?」

ポプラは引っ越して1週間くらいでコンビニのポプラの裏で拾った猫。引っ越し先が一軒家だったし、飼っていいかな…?と思ってシュウさんに聞いたら少し間があってお許しが出た。ただ、お客様からのクレームにつながるから絶対に資材の部屋に入れちゃダメだよ!と厳重注意を受けた。

 

一軒家で猫と住めて寒くも暑くもないこの暮らしは快適だった。

「この会社で良かったよぉーポプラー」

「ニャー」

 

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※このお話はもちろんフィクションです。

 

ブログの趣旨(旅と猫と山)と全然違う使い方してますが、自分のブログだからいいのだ。

 

続く…かもしれません…笑。